
山陽本線の兵庫駅から和田岬駅までの2.7kmの支線は一般に和田岬線と呼ばれるが、これは通称で正式には山陽本線の一部である。和田岬は旧湊川の流出土砂や須磨方面の海から運ばれた土砂が堆積してできた自然の岬で、古くからここには船見番所が設置されていた他、幕末には幕府が砲台を築いたりしている。明治以降は三菱重工神戸造船所等が立地する重工業地帯になり、和田岬線は主にそれらの企業に通勤する従業員の足となってきた。つい最近まで和田岬線にはキハ35形気動車からの同線専用改造車であるキハ35形及びキクハ35形300番台が活躍しており、その前はというと、やはりオハ61系旧型客車を同線専用に改造したオハ64形とオハフ64形が走っていた。そこまでは大多数の鉄道ファンにとって見たことがあるか、あるいは知識としてご存知のことと思う。しかしオハ64形・オハフ64形の前は、というと答えられる方はかなり少なくなるのではないだろうか。 |