1963.5. 豊橋市内  Photo by: Taro Satomi

名鉄グループの一員である豊橋鉄道は、親会社が中部・東海地方の数多く

の私鉄企業を合併・統合して成立した巨大コングロマリットであるのと

同様、市内線、渥美線、田口線という全く生い立ちが異なる三河地方の3つ

の路線によって成立した。

まず市内線は1924年(大正13年)に豊橋電気軌道が設立されたことに端を発

する。そもそも豊橋市内の交通機関としては、1921年(大正10年)に地元の

有志によって自動車鉄道敷設の申請が出されていたが、後に電気動力に

仕様が変更された。ちなみに自動車鉄道というのは内燃動力による乗合

自動車、すなわちバスを軌道上に走らせようというもので、後の世のレール

バスを別とすれば日本で実用化された例はない。長所は初期投資が非常に

安くつく点にあるが、豊橋の場合は市街電車の導入が全国でも比較的遅い

ほうであったことから、普通の電車よりも何か目新しいことを始めたいという

気持ちもあったのかもしれない。