テレビ・カー

1958.10. 京阪京橋駅 Photo by: T. Satomi

鉄道の旅客輸送における三大要素は「早く」「安く」「快適に(乗り心地)」

(「安全に」は当然のこととして)乗客を運ぶことであるが、それ以外の要素、

例えば食堂車が連結されていて列車内で食事が出来るとか、女性車掌さん

が乗務しているとか、そういった3大要素以外の魅力で鉄道会社側は

客引きをすることもある。

その最たるものが「SL列車」であって、人々は遅くて快適ではない(煤煙

が出るという意味で)列車に特別料金を払いつつ喜んで乗る。私も含めて

こういう人々のことを世間では(これも死語だが)「好事家」と呼ぶ。

さてご承知の通り競争が非常に厳しい関西私鉄界において、京阪電鉄

上記の3大要素以外で売り物にしたのが、車内に設置したテレビであった。

日本のテレビ放送は1953年(昭和28年)に開始されたが、京阪電鉄はいち

早くこれに着目し、翌1954年(昭和29年)に新製された特急用1800形

制御車1882と1883の車内にテレビを設置した。

テレビ付の車輌の側面窓上には蛍光塗料で誇らしげに「テレビカー」

書かれ大いに宣伝されたのである。

しかし実際に走らせてみると特急列車がカーブを曲がるたびにアンテナの

方向がずれてしまうため、屋根上のアンテナの方向が常に電波放信所の

ある生駒山頂上に向くよう工夫がなされた。そうまでしてテレビが見たいか、

と言いたくなるが当時の一般家庭にはもちろんテレビなどなく、もの珍しさ

の方が先行した。他にもパンタグラフから発する電弧で映像が乱れたり、

走行中でも音声が聞こえるよう思いっきりボリュームを上げたので、停車中

はやかましいことこの上ないなど色々と問題点が発生したが、ともあれ

大相撲や野球中継の節には大好評だったようである。

類似の発想として1980年(昭和55年)に国鉄は九州の特急「有明」にビデオ・

プロジェクターを設置、「ビデオ・カー」として宣伝したりしたが、景色という

ものがほとんど存在しない飛行機ならいざ知らず、少なくとも鉄道の旅に

おいては車窓を楽しむなり、静かに本を読んだり、というのがあるべき姿

ではないか。