ブルー・ライナー

1979.6.3 英賀保−網干間 Photo by: Makoto Takebayashi

Hyon-kun's Homepageの竹林さんよりご教示頂きました。

(写真提供:竹林誠さん この写真は転載禁止です)

 

(竹林誠さん)

 関西国鉄の特記すべきサービスと言えば、「新快速電車」やと思い

 ます。後には、阪和線にも拡充されたことを記憶されている方も居られ

 ると思います。現在でこそ車両については223系で統一されている

 ようですが、この嚆矢となり、サービスを定着させた功績は「ブルー

 ライナー」こと153、165系にあるのではないでしょうか?

 (確かに誕生時は113系でしたが・・・)

 あの走りっぷりは、東海道・山陽本線を急行列車として縦横無尽に

 駆け抜けていた時代を彷彿させるものがありました。

 しかしながら、鉄道ファンですら、今やその言葉を記憶している人は

 いるんでしょうか?

 まさしく「死語」となり果てているんではないでしょうか?

 ※次の世代たる「シティライナー」も同じことが言えますけど・・・

(布原安芸さん)

 この言葉も私にとって実に懐かしいもので、よく撮影した列車です。

 なお、現在でも西明石駅(私が通勤で毎日利用している駅ですが)

 構内に「ブル ーライナー」という名の喫茶店があり、この意味では今

 でも生きている言葉ともいえます。(ただし、店名の意味を理解して

 いる利用者がどれだけいるか疑問ですが)

  

今では一般的になっているスカイ・ライナー、ホーム・ライナー、湘南ライナー

といった○○ライナーという呼び方の先祖が、1972年(昭和47年)に関西地区

に登場した「ブルー・ライナー」だったかもしれません。

古い関西人にとっては京阪神間の移動は、安く・早く・快適な私鉄電車を

利用するのが常識で、私の周囲でも酷い言い方ですが、「国電に乗るのは

国鉄職員か余程の物好き」とまでいわれていました。

そういう状況を打開するために国鉄が発した第1撃が新快速「ブルー・

ライナー」でしたね。デビュー当時の大阪駅に「京都−大阪間29分!」と

いう大きな垂れ幕が掲げられていたのを鮮明に記憶しています。

このキャッチフレーズは何かにつけてせっかちな大阪人のハートを見事に

捉えました。

「安い」かどうかはともかくとして、京都−大阪間で所要時間30分を切った

というのは非常にインパクトがあり、車輌も一応急行形車輌に特別料金無し

で乗れるということもあり人気は急上昇、やがて15分タクトに大増発されて

益々便利になり、それがまた人気を高めるという好循環を繰り返しました。

「新快速」については誕生当初は確かに113系でデビューし、その時は

湘南色の一般快速と区別するために横須賀染色に塗られていました。

ブルーライナー色の153系電車が登場したのは1971年(昭和46年) 10月から

ですが、その頃の過渡期にはブルーではない湘南色の153系と混結で

走っていたのも想い出します。(里見)

1980.6.4 英賀保−網干間 Photo by: Makoto Takebayashi

(写真提供:竹林誠さん この写真は転載禁止です)