ハイキング特急

1960.5. 京浜川崎駅 Photo by: T. Satomi

前田昌良さんよりご教示頂きました。

  

 今時の京浜急行電鉄の看板列車と言えば、成田空港〜羽田空港直

 通の「エァポート快特」と、夕方の「京急ウィング号」でしょうか。

 京浜急行電鉄100年の歴史の中で、戦後に措ける京急の「花形列

 車」はと問われれば、先ず昭和24年「ハイキング急行」から、名車

 500形登場で「座席指定列車」として、品川〜浦賀間ノンストップに

 成った「ハイキング特急」と、昭和29登場の週末特急「ラメール号」

 「パルラータ号」では無いでしょうか。

 「ラメール号」は、フランス語で「海」、「パルラータ号」は、イタリア語で

 「甘き語らい」だそうです。

 使用車両は、セミクロスシートの「500形」から「旧700形(先代600

 形)」が使用され、「ハイキング特急」は昭和40年秋に15年の歴史を

 閉じ、「週末特急・ラメール/パルラータ号」は昭和43年6月、京急の

 都心乗り入れと共に廃止されました。

  

日本で3番目、関東では初めての電車を走らせ、日本で初めての1,435mm

標準軌間を採用、日本初のボギー電車を採用と、私鉄電車界のパイオニア

的役割を演じてきた京浜急行が、太平洋戦争直後の混迷する鉄道業界に

あっていち早く一筋の光明を与えたのが「ハイキング特急」でした。

登場時は鈍足特急だったようですが、1951年(昭和26年)に新製した500形

を使ってスピードアップをはかり、名実共に京浜急行の看板列車となりま

した。

500形は全長18mの2扉セミクロスシート車で、京浜急行伝統の大きな

明るい窓を採用すると共に、正面は当時流行の湘南電車タイプの2枚窓に

なり、これは1958年(昭和33年)デビューの1000形まで京浜急行電車の標準

スタイルだったわけですね。(里見)