通勤形客車

1977.8. 青森駅 Photo by: J. Satomi

通勤列車とそうでない列車、あるいは通勤形車輌とそうでない車輌を厳密

にどうやって区別するのかはちょっと置くとして、少なくとも首都圏・中京圏・

京阪神といった大都市周辺においてはいちいち説明しなくても両者の区分

は一目瞭然である。

一方、通勤・通学ラッシュは大都市周辺以外の地方都市においても当然

発生するわけで、そこでの区別は大都市周辺ほど明確にはなっていない。

少なくとも昭和50年代前半までの地方都市において、国鉄の普通列車の

主力は電気機関車やディーゼル機関車に牽引される旧型客車であり、

ラッシュ時には8輌や10輌の長大編成で走っている光景が見られたもの

だが、もともと長距離列車用として設計された旧型客車の乗車定員は

オールクロスシートで80〜96名に過ぎず、立席のことはまったく考慮

されていないから、乗客を無理矢理詰め込むしても限界があった。

そこで昭和30年代半ばに客室設備面で時代遅れになりつつあったオロ35・

36・40といった旧2等車、いわゆる「並ロ」を中心に通勤形客車に改造

する計画がたてられ、1965年(昭和40年)から実行に移されたのである。

改造にあたり外観上は優等車を示す緑色のストライプが消えたくらいで、

特に大きな変化はなかったが、内装は一変、旧2等車時代のソファをすべて

撤去し、車体の両サイドに一直線にロングシートを設置した。この改造に

よって乗客定員は座席74名、立席46名、合計120名と、定員88名の

従来のオハ35形と較べると3割近くもアップした。

しかしこれはあくまで数字上の話。ラッシュ時間帯の満員列車の問題点は、

乗車定員だけではなく、停車駅での乗降能力にもあるわけで、車体の両端

に幅わずか790mmの出入口が2ヶ所しかない車体構造では、通勤用車輌

としてはやはり使いづらかった。

それよりも何よりも、驚くなかれ、車内に設置されたロングシートはなんと

全長16m! 車内に一歩足を踏み入れた途端に目眩を起こしそうな長さ

である。長椅子の最長記録としてギネスブックに登録すれば、結構いい線

いくのではなかろうか。「座席は37人掛けとなっております。お互い譲り合

ってお座り下さい」と車掌が車内放送したかどうか、私は知らない。

仲間うちで大宴会でもするならともかく、これだけ長い座席に見ず知らずの

74名の乗客が一斉に向き合って座るとまず落ち着かない。

満員でも落ち着かないが、ガラ空きでもやっぱり落ち着かない。これはもう

腕を組んで瞼を閉じて眠るしかない。個人的には「絶対乗りたくない鉄道

車輌ベストテン」のかなり上位にランクされる車輌だった。

上のオハ41 2053は東北本線青森口の普通列車に連結されていたもの

で、種車は1940年(昭和15年)に日本車輌にて2等車スロ31120形のスロ

31141として誕生、間もなく称号規程改正でオロ40 22になり、戦後、

格下げと電気暖房への改造とでオロ40 2022になった。更に1965年(昭和

40年)に国鉄鹿児島工場にて通勤形客車に再改造されるという複雑な履歴

の持主である。張り上げの屋根と広幅の側面窓が外観上の大きな特徴

だった。