片ボギー

1960.7. 丹後山田駅 Photo by: T. Satomi
これも最近ではあまり使われなくなったが、ガソリンやディーゼルエンジンの
ことを内燃機関と呼び、それらを動力源とした車輌を内燃動車と呼ぶ。
戦前はディーゼルエンジンが未発達だったので、主にガソリンエンジンが搭載
され、ガソリンカーとも呼ばれていた。
内燃動車は蒸機列車に較べて燃料費や人件費等の面で有利であることが早く
からわかっていたため、相対的に輸送量が小さく経営が苦しい地方私鉄にて
率先して導入され、昭和の始めにはガソリンカーの大ブームがまきおこった。
初期のガソリンカーは、極めて小さな単車のものが多かったが、車体が段々
大きくなるにつれてボギー台車をはいたものが大勢を占めるようになった。
しかし単車からボギー車へ移行していく過程における一時期、片ボギー台車式
のガソリンカーも現れた。これは呼び名の通り、片方の1軸台車が固定で、もう
一方にボギー台車をはかせたものである。一般に動力は固定式の1軸側に
伝達された。
上の写真は1936年(昭和11年)日本車輌製の加悦鉄道キハ101で、同社の内燃
動車は代々他の私鉄会社や国鉄からの払下げ車で占められていたが、最初に
導入したガソリンカーは自社発注車で、しかも片ボギー車である。
キハ101は全長11.7mで、このくらいの大きさの車体だと確かに単車とする
には長過ぎるし、完全ボギー車とするにはやや短いので片ボギーが採用された
のであろう。
しかしこういった過渡期の中途半端な機構というのは、時に両方の長所を併せ
持つ場合もあるが、得てして両方の欠点を併せ持つことにもなりかねなかった。
変な例で恐縮だが、その昔SF映画に「半魚人」という怪物がいた。これは
上半身が魚で下半身が人間という奇態で人々を恐怖させたものだが、考えて
みれば魚並みの大脳と、人間並みの水泳能力しか持たないのでは何も取り柄
がないじゃないか、ということになる。ダーウィンが唱えた進化論に明らかに
違反する怪物である。
片ボギー車とはそういう車輌だったから、過渡期的形態とはいえ長くは続かな
かった。
しかし趣味的には加悦鉄道キハ101は実に楽しいガソリンカーであった。
両端のデッキに手荷物を積み、客室には丹後ちりめんで有名な加悦地方の
人々を乗せ、木造貨車を1輌牽いてタタ・タンという変則的な3連音を響かせ
ながら丹後山田駅を走り去っていった。

