ナメクジ

1974.3. 留萌機関区 Photo by: J. Satomi

1935年(昭和10年)に貨物用機関車の決定版として登場したD51形は、当時

の鉄道界において大流行していた「流線形」の思想を取り入れ、円筒形の

給水加熱器をボイラー上の煙突後部に横置きし、蒸気溜と砂箱までを巨大

なドームですっぽりと覆った衝撃的なスタイルでデビューした。もっとも流線

形とは言っても低速で走る貨物用機関車に空力特性などほとんど影響なく、

単にスタイル的に見映えが良いというだけのメリットしかなかった。

そして口の悪いファンや職員達は、D51ご自慢の流線形を「ナメクジ」

あだ名した。せっかく気合いを入れて設計した機関車が「ナメクジ」と呼ばれ

たのでは、設計者もさぞやがっくりしたことだろう。しかしふっくらした縦長の

ドームはまさにボイラー上を這うナメクジを想起させる。実にうまいニック

ネームだ。

ところで私が鉄道車輌のニックネームとして最高傑作だと思っているのは、

機関車も客車もライトグリーンに塗った特急「つばめ」と「はと」につけられた

「青大将」である。高い所からこの長大編成の列車を見おろすとなるほど地

を這うヘビそのものに見える。余談になるが、ずっと以前に酔狂で自宅の

庭に線路を敷いて模型列車を走らせたことがあるが、その瞬間に庭にいた

小鳥達がけたたましく鳴きながら一斉に逃げ出してしまった。

結局、D51形は1938年度(昭和13年)製造分からはすべて一体ドームを撤去

した「標準型」に設計変更され、流線形型95輌は以後、その希少性も相ま

って「ナメクジ」の名でファンから親しまれ続けた。

歴史を語る時に「もし」は禁物なのだが、もしD51形のすべて、もしくは大多

数が流線形のまま製造されていたとしたら、恐らく「ナメクジ」というニック

ネームは一般化しなかったのではないかと思う。

単に「D51タイプ」と言えばそれで意味が通じるからである。