燃えん炭

1973.8. 上山田駅 Photo by: J. Satomi

国鉄は最盛期には6,000輌もあった蒸気機関車を動かせるため年間に

600万トンもの石炭を消費し、これらの石炭は日本の主要な炭鉱から毎日

のように供給された。石炭の産地別の比率は1958年(昭和33年)時点で、

九州炭37%、北海道炭29%、常磐炭7%、山口炭1%、練炭25%となって

いた。

日本の石炭の最高級品は北海道夕張の切込炭で、低度瀝青炭という黒色で

光沢があり、揮発分が少なく発熱量の高い石炭である。当然、蒸気機関車の

燃料としてはこれが最も喜ばれる。当然、黒煙の発生も少ないので無煙炭

とも呼ばれた。

これ以外の石炭はというと、まず褐色で発熱量が低い褐炭、常磐炭、宇部炭

の大部分がこれだった。他に微粉炭と呼ばれる文字通り粉状のものがあり、

これは蒸気機関車の燃料としては使いものにならない。

こういった概して低カロリーで使いづらい悪質の石炭を総称して乗務員達は

燃えん炭と呼んだ。実際にまともに燃えてくれないからである。しかし太平洋

戦争中や終戦直後は良質の石炭が枯渇したため、様々な悪質な石炭をも

使用せざるを得ない状況にあった。火力の低い石炭を使えば蒸気があがらず、

そのために上り勾配で機関車が立往生するなんていうのはざらで、トンネル内

で煙にまかれて乗務員が窒息するという事故も相次いで発生した。

世の中すべからく「良質」なものは一様に「良質」だが、「悪質」なものは多様に

「悪質」である。