ひかりは西へ

1975.2. 山陽本線 庭瀬−中庄間 Photo by: J. Satomi
「ひかりは西へ」
あまたある国鉄・JRのキャッチ・フレーズの中で、これほど新幹線の躍進ぶり
を端的に表現し、かつ強烈な印象を残していったものはない。
1964年(昭和39年) 10月に東京−大阪間に開通し大成功を収めた新幹線は、
5年半後の1972年(昭和47年) 3月には岡山へ延伸、大阪発着だった山陽本線
の特急・急行列車の多くを岡山発着へと追いやった。それはまるで源氏に
追われて西へ西へと落ちていく平氏一族のようだった。
そして3年後の1975年(昭和50年) 3月、ついに山陽新幹線は博多開業を迎え、
その時点で壇ノ浦に散った平家一門と同じく、「つばめ」「はと」「みどり」
「かもめ」「しおじ」など山陽本線の名門特急達の命運は尽きた。
上の写真は新幹線博多開業を目前に控えた1975年(昭和50年) 2月、下関発
岡山行上り特急「はと1号」の勇姿、在来線の特急列車が最も光り輝いていた
時代の一コマである。

