メートルゲージ

1974.3. 釧路機関区 Photo by: J. Satomi
日本の鉄道のゲージ(軌間)はごく一部の例外を除き、2フィート6インチ
(762mm)か3フィート6インチ(1,067mm)か4フィート6インチ(1,435mm)の
どれかであって、いずれもフィート・インチ法に基づいている。これは明治
初期の鉄道創世期にお手本となったのが主に英米の鉄道だったので自然の
成り行きである。
世界にはメートル法に基づく軌間を持つ鉄道もたくさん存在するが、日本
では縁のない軌間であった。それが否応なく縁が出来たのが太平洋戦争で、
日本軍は南方作戦遂行のため大量の蒸気機関車を東南アジアに送り込んだ
が、タイやビルマといった東南アジア諸国はメートルゲージが多かったから、
それに使用する機関車はメートルゲージに改軌する必要があった。
もっとも改軌とはいってもわずか67mmの違いしかないので、車輪のフランジを
修正するだけの簡単な工事ですみ、C56形を初めおびただしい数の機関車
が出征していったのである。
太平洋戦争末期になると万能機関車として評判の高かったC58形にも白羽
の矢が立てられ、51輌に召集令状がおりた。徴発されたC58形はメートル
ゲージへの改軌工事を受けた上で順に船積みされていったが、すでに戦局は
極端に悪化し、アメリカの潜水艦は悠々と瀬戸内海沿岸にまで姿を見せる
有様だったから、出航した輸送船もことごとく撃沈され、無事に目的地に到着
したC58はわずか10輌程度だったという。
上のC58 139号機は、結局、船舶の手当がつかず内地で待機したまま終戦
を迎えた強運なカマだった。この139号機他命拾いをした26輌は再び
1,067mm軌間への復元工事を受け国鉄に復帰している。ちなみに出征によって
2度と帰らなかったC58は以下の25輌である。
37・38・40・42・43・44・45・52・53・54・55・67・68・73・91・93・
94・95・96・130・131・133・134・136・138号機。

