蒙古の戦車

1960.4. 袋井駅 Photo by: T. Satomi

蒙古に戦車があったのかどうかは歴史書をひも解いてみないとわからないが、

静岡鉄道駿遠線のディーゼル機関車達は「蒙古の戦車」と呼ばれていた。

静岡鉄道駿遠線は、大正年間に開業した藤相鉄道中遠鉄道というふたつ

の軽便鉄道が太平洋戦争中に静岡電気鉄道と合併し、1948年(昭和23年)に

は両線がつながって大手−新袋井間64.6kmを結び、異例に長い路線を持つ

軽便鉄道となった。

当時、駿遠線には10輌以上の蒸気機関車が在籍したが、戦後は石炭が

高騰し、逆にトラック・バスの普及によってむしろ軽油の方が入手しやすく

なってきたこともあって自社工場などで順次ディーゼル機関車への改造

工事を行っていった。具体的には蒸気機関車の走行部分を利用し、自動車

用のエンジンとクラッチを車体前部に、機械式変速機を後部に搭載、動輪

へはなんとチェーンで動力伝達する方式で、凄い工事をよく自力でやった

もんだとただ感心するばかり。まったくの手作りなので当然1輌1輌大きく

形態が異なっている。

「蒙古の戦車」というあだ名は、その無骨なスタイルもさることながら、逆転機

が装備されていないのでバック運転が出来ないことから戦車と呼ばれるように

なったのではないかと思う。またの名を「イノシシ機関車」とも呼ばれ、ただ

ただ前進あるのみの豆機関車だった。