湘南電車

1958.10. 大阪駅 Photo by: T. Satomi

終戦後の混乱から世の中がようやく落ち着きを取り戻し始めた1950年

(昭和25年) 3月、80系と呼ばれる長距離形固定編成の電車列車が衝撃的な

デビューを果たした。さっそく東京−沼津・伊東間の長距離列車として就役、

公募で決まった「湘南伊豆電車」という愛称が与えられ、そのうちに少し

はしょって「湘南電車」という呼ばれるようになった。80系電車はやがて

大阪・中京地区始め東海道・山陽本線のほぼ全区間で活躍したが、走る

線区に関係なく「湘南電車」の愛称が定着した。

80系電車はそれまで「ゲタ電」すなわち短区間の通勤電車としての役割に

限定されていた電車を、初めて本格的な長距離列車のフィールドに導いた

車輌としてその歴史的意義は大きいが、オレンジとグリーンという蜜柑を

連想させるツートンカラーが人目を引き、このカラーリングもいわゆる

「湘南色」として現在に至るまで、実に50年間にわたって受け継がれている。

華々しいデビューを遂げた80系電車も登場当初は試運転中に2輌が全焼

したり、初期トラブルの続出で運用を一旦客車列車に戻したりで多事多難な

スタートを切ったため「遭難電車」などと陰口を叩かれた時期もあったが、

やがて安定していった。

もっとも長距離電車の始祖としてこれだけ功績著しい割には、現役時代の

ファンからの注目度は今ひとつで、東海道・山陽筋ではいつでも見られると

いう安堵感があったことと、最後に走った飯田線では流電クモハ52他名車

達の追放役になったことが災いして、旧型国電でありながら旧型国電ファン

の怨嗟を買ってしまったような気がする。ちょっと気の毒な晩年だった。

そのためか80系電車の保存車は意外なほど少なく、現在では大阪の交通

科学博物館にかつての栄光の姿が偲ばれるだけである。