バス窓

1977.8. 石越駅 Photo by: J. Satomi
気動車創世期に製造されたキハ17系やキハ20系・55系の一部には側面の
客室窓が、バスの窓のように上半分がHゴムで固定され、下半分が上昇式に
なっているものがあり、俗に「バス窓」と呼ばれた。
車体がモノコック構造(応力外皮構造)のバスは、飛行機と同じで宿命的に
大きな開口部を設けることができず、開口部を小さく、しかし採光のため
ガラス部分をできるだけ大きく、と考えた結果、必然的にこのような窓の形
になったのだ。
ただモノコック構造ではない鉄道車輌が、しかも気動車に限ってどうして
バス窓を多用していたのか、実は私にとって長年の謎である。
大サイズのガラスが非常に高価だった時代は、このタイプの窓を採用する
ことによってコストダウンがはかれたのかもしれない。
もっとも若い人々にとっては、「バス窓」といわれてもピンとこないかも知れ
ない。最近のバスはモノコック構造の進歩によってかなり大きな窓を自由に
設置できるようになったからだ。
私にとってバス窓に纏わる旅の思い出は尽きない。
床下からのひどい騒音に悩まされながら気動車列車が、機関区のある
比較的大きな駅に到着する。駅弁を買おうとバス窓のヒンジを両手の指で
挟んで勢いよく開け放つとプーンと石炭の灼ける臭いがしたものだ。

1973.8. 直方駅 Photo by: J. Satomi

