
山陽本線の列車が福山駅に到着すると、白壁造りの華麗な城郭が眼前に広がる。この城が1620年(元和6年)に水野勝成が構築した別名葦陽城と呼ばれる名城であることは知らなくても、福山駅前にあるのだから「福山城」なのだろうと想像がつく。しかし実際には福山城が駅前にあるのではなく、福山駅が福山城本丸の中に建設されたのである。中島忠夫さんは大学3年生の春、鞆の浦の仙酔島を訪れるため福山駅に降り立たれた。福山駅は福塩線の分岐点でもある。福塩線は1914年(大正3年)に両備軽便鉄道として誕生し、1933年(昭和8年)に国有化、1935年に国鉄と同じ1,067mmに改軌された買収路線で、当時、そこは鶴見臨港、豊川、鳳来寺、南武、青梅、宇部といったそれこそ全国各地の買収路線からかき集められた雑多な買収国電達の棲み家であった。(文責:里見) |