1976.12. 常陸小田駅 Photo by: Ryoichi Motoyoshi

僻地や過疎地のローカル私鉄がモータリゼーションの波に呑まれて廃線に

追い込まれていった事情はある程度やむを得ないとしても、淡路交通や

江若鉄道、南部縦貫鉄道のように将来的な発展の可能性を残しながら消滅

した私鉄もあったのは残念なことである。筑波鉄道も学園都市という未来

都市を結ぶ鉄道として生き残る余地はなかったのかと、今改めて感じる。

その筑波鉄道は常磐線と水戸線との連絡並びに新治・筑波・真壁地区の

交通の便を図る目的で1911年(明治44年)に軽便鉄道法による認可を受けた

が、1918年(大正7年)の全線開業まで実に7年の歳月を要することとなった。

土浦−岩瀬間40.1kmの路線でハード的には大した難工事もなかったが、

むしろ人為的・政治的ないくつもの障壁を乗り越える必要があったので

ある。