C51形
1965.3. 吹田操車場第7信号所 Photo by: Tadao Nakajima
中島忠夫さん推薦
(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)
機関車は先づパシフィックC51を入れてください。
みなさんよくご存じの亀山のC51 225です。
これは廃車になって鷹取工場へ死の行進のときのことです。形式入り
のナンバープレートはちゃんと附いてありました。このプレートの盗難
事件があとでわかりまして、証拠写真となりました。
このころは通勤途中でも吹田でおりて吹操へ入って写せましたです
ね。代用貨物にC11と一緒で悲しかった。
昭和40年3月31日廃車で、奈良区のC11 158とうしろの貨車群も
一緒に工場行き。
小学生の時に担任の先生が授業中に「自分は鉄道ファンではないが、
シゴイチだけは大好きだ。一生忘れられない」と語っていたのが強烈な
印象として残っています。
ちょうど現代において「のぞみ」や「新幹線」は日本人の誰もが知っている
のと同じような感覚で、「つばめ」やそれを牽引する「シゴイチ」は至極
一般的な存在だったのでしょう。
C51 225号機
は亀山機関区に残っていたC51最後の1輌、1965年
(昭和40年) 3月28日に亀山機関区で「お別れ会」を演じたカマでした。
この日をもって1919年(大正8年)から1928年(昭和3年)にかけて289輌が製造
された名機中の名機C51形蒸気機関車が完全に消滅しました。蒸気機関車
全廃の10年前のことでした。
(里見)
1965.3. 吹田操車場第7信号所 Photo by: Tadao Nakajima
(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)