マロネフ29形マロネ41形

1963.4. 向日町運転所 Photo by: T. Satomi

ある人物が非常に優秀で偉大な業績を残したりすると、その前任者は

すっかり霞んでしまって誰が前任者だっかも忘れられてしまうというような

ことは鉄道車輌の世界でも例が多く、例えば小田急の3000系はあまりにも

有名過ぎたため大多数の人々に「初代ロマンスカー」だと思い込まれている

が、実際にはそれ以前にもロマンスカーは存在していた。

(死語辞典「小田急で逃げましょか」参照)

同様に国鉄旧型客車の世界でも、一般型の1等寝台車(現在のA寝台車)

の場合は早くから全車が10系軽量客車のオロネ10形1形式に統一されて

いたため(オロネフ10とオロハネ10も同系と見て)、それ以前の1等寝台車

の名前はなかなか思い浮かんでこない。

その気の毒な客車達とはマロネ29、スロネ30、マロネ40、マロネ41等で

あり、もちろん設備は旧式だったがそれなりに格調高い雰囲気を持った優等

客車達であった。

ここではその中で最も旧式だったマロネ29形の緩急車マロネフ29形と最も

新しかったマロネ41形の写真を掲載したい。

マロネフ29形は日本初の鋼製2等寝台車として1927年(昭和2年)に登場した

マロネ37形(登場時はマロネフ37300形)の緩急車マロネフ37形(登場時

はマロネフ37500形)が後に形式変更されたもので、寝台は上下2段の

開放式で定員24名、昼間の乗客は窓に背を向けたロングシートに座る

スタイルだった。3軸台車のTR73型が優等客車であることを顕示している。

国鉄における寝台車は太平洋戦争中に大部分が普通車に改造され、戦後も

しばらくは進駐軍によって日本人の寝台使用が禁止されていたが、この解禁

に伴って1948年(昭和23年)に1等寝台車のマイネ40形が新製され、更にその

改良形として1950年(昭和25年)にマイネ41形が登場した。

マイネ41形は上下2段のプルマン式で乗客定員24名、同形式は1960年

(昭和35年)の1等廃止に伴って2等寝台車のマロネ41形となり、更に1963年

(昭和38年)から近代化改装工事が実施された。下の写真のマロネ41 1

その近代改装工事以前の姿を示す。

マロネ41形の隠れた先進性として、トイレ・洗面所共に男女別に分けられて

いた点は特筆すべきであろう。

1963.4. 向日町運転所 Photo by: T. Satomi