20系寝台客車

1958.10. 大阪駅 Photo by: T. Satomi

Passenger Cars Roomの平松真一さん推薦

 

 名機といえるものはたくさんあると思います。

 一般的にいえば、20系に尽きるとおもいます。 コンセプトやデザイン

 の美しさなどとても好きです。居住性は別としてですが。しかし、当時

 では最高だったと思います。当時の新聞報道などや、それ以降の発展

 を考え合わせるとです。

 ある雑誌で、「あけぼの」の乗務員が20系はつくりがいいから奥羽

 本線のような線路条件でも長く持った。25系ではどうですかね。という

 ようなことをコメントしていました。
  

1958年(昭和33年)は昼行のビジネス新特急151系電車と、夜行の20系寝台

特急客車とが同時にデビューした日本の鉄道界躍進の年でした。

とりわけ20系客車は、電源車を連結した固定編成方式、全車冷房装置付、

2重の固定窓、空気バネ台車と日本の客車にとっては何から何まで新機構

ずくしでした。歴史的な名車には「ビジネス新特急」や「夢の超特急」といった

キャッチフレーズがつきものですが、20系客車の場合は「列車ホテル」

でした。

車体も徹底的な軽量化が施されていましたが、外観の印象はまさに平松さん

がおっしゃるように後継車の14・24系などよりもむしろどっしりした重厚感

に溢れていました。

上は20系客車就任に先立って大阪駅で開催された車輌展示会の模様、

列車ホテルを一目見ようと駆けつけた群衆でホームがごった返しています。

下は米子機関区所属のDD51 1040号機が牽引する特急「出雲」が終着

浜田駅に到着するシーン。20系客車登場時と晩年の画像を掲載しました。

(里見)

1974.1. 浜田駅 Photo by: J. Satomi