タサ1900形

1967.5. 盛岡駅 Photo by: Tadao Nakajima

中島忠夫さん推薦

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)

 

 相変わらず貨車と市電とDiesel Locoが少ないのが気になりまして、

 貨車を一台。42-5-10 盛岡でのタサ1901、アーチバーでもあり、

 1番でもあり。

 このころ 必死に機関車を追いかけていたとき 操車場の遠くに

 ボイラーともタンクともつかぬ車両を見つけ、かけつければ缶ならぬ

 タンク車、そのうちタンカーを撮り慣れてくると ふしぎに気に入って

 きます。

 それが三軸のタサ600やったり、このAech-BarやったりしたらData

 がわからんだけに 嬉しいもんです。

 24tonで あと1tonで 多気になる貨車でした。タンク・センターが

 下がっているのがご愛敬で ナローらしく、ダックス・フントの胴長が

 かわいらしい。好きになれる貨車じゃナイでしょうか。
  

かつての鉄道車輌の中で貨車は最も種類も輌数も多い魅力ある存在だった

わけですが、その反面、狙って撮ることが難しい厄介な存在でもありました。

そのため例えば駅で機関車や電車を撮影している最中に、思わぬ珍車に

出会ったりした時は小躍りして喜んだものでした。

中島忠夫さんが盛岡駅で出会われた貨車はボギー式タンク貨車のタサ1900

、アーチバー式のTR20型台車をはき、そのタンクは非常に重心が低く、

またリベットが無数に浮き出た無骨なスタイルから、この貨車が溶接技術が

進んでいなかった戦前製であることを示しています。

ところが残念なことに私の手元にはタサ1900形の資料も図面も見当たらない

のです。戦前製のボギー式タサには700形や1000形等がありましたが、

いずれも形態的にかなり異なっています。マンホールの位置が大きくオフセット

しているのもなにやら臭い。

恐らく戦前製のタキの中からごく少数が改造されたものではないかと想像し

ます。もし皆さまの中でタサ1900形について何かご存じの方がいらっしゃい

ましたら、ご教示お願いいたします。

タンク貨車と呼ぶよりも昔風に油槽車と呼んだ方がしっくりくる車輌ですね。

(里見)

1967. 吹田操車場 Photo by: Tadao Nakajima

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)

 

(中島忠夫さん)

 タサ1901ですが、奥田印刷社長に会って、明治44年の貨車略図を見せ

 てもらいましたが ありませんでした。

 たぶん大正10年の鉄道50周年の図面にあるかもしれません。

 どなたか もってられませんか?

 またまたタサ1907が出てきました。やはりリベットだらけ、ただし中心

 位置はふつうで 尾も白くありません。

(里見)

 タサ1901ですが、1952年(昭和27年)国鉄車両局発行の「貨車形式図」

 にも収録されていません。もちろん誠文堂新光社刊の「客車・貨車ガイド

 ブック」にも載っていません。

 最近発刊されたレイルロード社の「全盛期の国鉄貨車」からも漏れていま

 すし、国鉄史資料保存会編の「国鉄貨車形式図集」にすら載っていない

 のです。

 最後の書物は一応国鉄の全形式が網羅されているはずなのですが。

 昔はごくたまに形式・番号を書き間違えるというような椿事もあったよう

 ですが、タサ1901の場合はそれはあり得ません。

 ひとつ臭うのはタンク車である点。ひょっとして戦前に陸軍か海軍で極秘

 物質を移送するために秘密裏に製造された車輌ではないか、などと想像

 が膨らみます。(海軍のワキ700形がそうでした)

 謎の油槽車タサ1900! 君は一体何者か?

(本多邦康さん)

 タサ1900形について資料というほどではないですが、貨車換算両数表

 に記述があり、ボギー、タサ1900、換算両数、普通4.5、空車2.2とあり

 ました。(ワキ700は換算両数、重量5.5普通4.5軽量3.5、空車2.0)

 さがされているのは形式図だとおもいますが…。これは機関士の換算

 計算のための表なので残念ながらほかに記述はなしです。

 この表は「機関車従事員提要」昭和18年10月現在、 大阪鉄道局列車部

 と「機関区従事員必携」昭和26年9月発行、大鉄図書と「機関車技術

 便覧」昭和30年、大鉄管理局にのっておりました。

 (技術ではなぜか空車2.0でした)

 どれも機関士携帯用の同じような本です。提要は軍記保護法時代らしく

 省外極秘とあります。

 タサ1900。うーん構造から昭和生だとは思うのですが…。もっと古いの

 でしょうか?

 海軍のタンク車では鉄道車輛(上)朝倉希一昭和11年に液体アンモニア

 (危険品)専用の海軍火薬廠所属の3軸車タ551の写真があります。

国鉄客車名鑑の横山淳さん)

 タサ1900についてですが車輛形式図 貨車 鉄道省工作局 昭和4年6月

 (昭和11年3月追録第2号含み)に掲載があります。

 昭和4年の日本車輌製で自重19.40〜20.63、番号は1900〜1902と

 なっています。

 時代はずっと進んで写真が撮影された年に一番近いものとして私有貨車

 形式図追録第1号 国鉄車両設計事務所 昭和40年3月の巻末諸元表に

 よるとガソリン専用の2軸ボギー車で自重20.1〜22.5、容積32.8立方

 m、軸距BC7970mm、連結面長さ12070mmなどとなっています。

 両数は7両です。

(吉岡心平さん)

 タサ1900形ですが、現時点で判明している事実につき纏めて見ました。

 ご笑覧いただければ幸いです。

1.車歴

 タサ1900形は24トン積揮発油専用車で、昭和5年から15年にかけて

 1900〜1902、1906〜1909の7両がタキ100形30トン積重油専用

 車から改造されました。

 改番の時期と旧番対照は以下の通りです。

   種車          改造時期 種車の製造年・所

 タキ102→タサ1900 S051202  昭和4年日車
 タキ100→タサ1901 S100114     〃
 タキ101→タサ1902    〃      〃
 タキ115→タサ1906 S150308  昭和6年浅野
 タキ116→タサ1907    〃       〃
 タキ118→タサ1908    〃       〃
 タキ120→タサ1909 S100515     〃

 タサ1903〜1905が欠番となった理由は不明です。

 所有者は全てライジングサン石油KK(戦前のシェル石油の日本法人)で

 したので、戦争中は敵産管理法により接収され、昭和17年5月に石油

 配給KKに移籍されました。

 全車戦災にも遭わず、戦後はシェル石油KKの復活に伴い昭和24年3月

 に同社に返還され、浜安善・鷹取・西戸崎・塩浜・東新潟港など各地で

 活躍していましたが、1906は昭和40年3月、1900、1901は昭和44

 年7月、そして残る4両が昭和45年7月に廃車となり、姿を消しています。

 なお登場時、タサの形式としては20トン積のタサ1・400・500と24トン

 積のタサ2000しかなく、本形式がタサ1900という半端な形式を付与

 されたのは、24トン積の改造車であったため、タサ2000形の直前とした

 と考えるのが妥当な様です。

2.外観と構造

  種車の相違により、2タイプに大別されます。

 ・タイプ1 タサ1900〜1902 3両

 種車のタキ100〜102は、昭和4年日車でタキ100〜105の6両製作

 されたうちの3両です。

 写真は、同一ロットでタキ100形のまま一生を終えたタキ103の写真が

 西野保行著「鉄道・その時代と共に(1)」の128ページに掲載されて

 います。図面は、形式図が昭和4年版貨車形式図の167-7-1ページに

 ありますが、ポンチ絵レベルで、あまり役には立ちません。

 むしろ種車の詳細図面が、日本車両鉄道同好部・鉄道史資料保存会編

 「日車の車両史・図面集−国鉄編上」の320ページに掲載されているの

 で、こちらを見た方が良いかも。

 通常、石油類専用車をガソリン専用に改造する場合は、安全弁が増設

 されますが、タキ100形からタサ1900形への改造では、とくにそのよう

 な事実はなかったようで、その意味では専用種別変更といった方が適切

 かも知れません。

 ・タイプ2 タサ1906〜1909 4両

 昭和6年浅野で製作されたタキ100形115〜122から改造したもので、種車

 は浅野造船所製で唯一のボギータンク車(戦後、日本鋼管となってからは

 タキ900形などがあります)として、極めて貴重な存在でした。

 写真は、タサ1909が高崎鉄道管理局編「高鉄10年のあゆみ」の359

 ページに、図面は、形式図が昭和4年版貨車形式図の167-10-1ページ

 に、それぞれ掲載されています。

 なお当時の浅野製タンク車は、日車製を忠実にトレースしていることから、

 半年前に日車が製作した揮発油専用車であるタキ53〜66(53、54は

 紐育スタンダード石油、55以降はライジングサン石油)と、見比べて見る

 のも面白いでしょう。

 タキ53、54の図面は「日車の車両史・図面集−国鉄編上」の322ページ

 にあり、タキ64の写真は国鉄編「100年の国鉄車両2」の280ページに、

 それぞれ載っています。