EF15形

1985.12. 吾妻線 祖母島-小野上 Photo by: Yoshihisa Ohno

大野義久さん推薦

(写真提供:大野義久さん この写真は転載禁止です)

 

 戦後の復興期から高度経済成長期の、貨物輸送を支えたEF15

 推薦致します。

 国鉄のデッキ付きELの最終形式となったこのカマは、202輌も量産

 されました。

 写真の165号機は、200号機と共に吾妻線の砕石輸送で、最後の

 活躍をしておりました。

 現在、同機は現役当時の姿で、碓井鉄道文化村に静態保存されて

 おり、なんとも喜ばしい事であります。

   

EF15形電気機関車はEF58形と比較すると、構造的には主に歯車比と

先輪の数が違うだけだったのにもかかわらず、意外に人気のない機関車

でしたね。

当時の電気機関車のファンも、古典機を狙う人はEF10やあるいはED17・

18あたりのD形機関車、派手好みならEF56・57・58、ゲテモノ好きは

EH10、新型が好きならEF60・61ということで、EF13・15はちょうどその

間にはさまってしまったかもしれません。また首都圏内にいくらでも走って

いるという安心感も災いしたようです。で、気がついてみるととっくに消滅して

いました。

大野さんからお送りいただいた鮮やかな採石列車写真の牽引機は1958年

(昭和33年)日立製作所製のEF15 165号機、高崎第二機関区の所属機

ですね。同機はEF15形の中でも最終生産期で車体中央の3つの明かり窓

がHゴム支持になっているのが遠くからでもわかります。

下は甲府機関区にいたEF15 7号機、やはり日立製作所製のこちらは

最初の生産グループで、1947年(昭和22年)にされると間もなく奥羽本線の

板谷峠越えに投入され、その後、励磁機付つり合い抵抗式の電力回生

ブレーキが装着されEF16形に形式変更されました。

しかし板谷峠には新鋭のEF64形が新製配備されたため、回生ブレーキを

撤去して再びEF15形に戻ったいわゆる「出戻り組」の1輌です。

乗務員扉上を含め3つ並んだひさしやヘッドライトと汽笛のカバーに板谷峠

時代の面影を残していました。(里見)

1978.2. 甲府機関区 Photo by: T. Satomi