EF53形

1961.9. 大宮駅 Photo by: T. Satomi

1928年(昭和3年)に初の国産F級電気機関車であるEF52形を誕生させた

鉄道省は、勢いに乗って4年後の1932年(昭和7年)にその発展改良型である

EF53形という傑作機を作り出した。

電動機はEF52形と同じ225kwのMT17型ながら励磁機付の安定したもの

に変わり、車体は無駄な空間を省いてコンパクトにしたため全長は1.6mも

短くなっている。この車体の短さと逆に両端のデッキの長さとがEF53形の

外観上の特徴で、全体的にまだEF52形に漂っていたアメリカ臭さが抜けて

日本機らしいスタイルとなった。

戦前製F級電機の代表作という点でオールドファンからの人気は絶大で、

日本の名機のひとつに数えることに反対する方はほとんどいらっしゃらない

と思う。

ただ同機は晩年になって思わぬ欠点により第一線から蹴落とされることに

なる。EF53形は暖房用の蒸気発生装置を持たず、冬季は暖房車のお世話

にならなければならないが、そもそも暖房車とは小型の蒸気機関車を1輌

余分に連結するようなものだから列車重量も増大するし、専用の乗務員も

必要で非効率なことこの上ない。そのため1960年(昭和35年)頃から早くも廃車

の噂が出始めたのである。

しかしそこで彼等に転職の話が持ち上がった。ちょうど電化が進んでいた

山陽本線瀬野−八本松間、通称セノハチの峠越えに再利用されることになり、

1963年(昭和38年)から1968年(昭和43年)にかけて19輌全機がEF59形に

改造されて西の瀬野機関区へと転属していった。

結果としてEF53形は蒸気暖房装置付のEF57形が全機廃車となった後も

セノハチで働き続けたのである。なまじ蒸気暖房用の水タンクを搭載して

いなかったのでEF56・57形に較べて車体の腐食が極めて軽微だったと

いうことも同機にとって幸いした。「万事塞翁が馬」である。