モハ51形
1965.2. 大阪駅 Photo by: Tadao Nakajima
中島忠夫さん推薦
(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)
51にはいっぱいあって
モハ51
、EF51、近鉄吉野の5151と暇
(いとま)がありません。それに木造救援車のナエ17100などは付き
合いにくいでしょうがいかがですか。
モハ51
と呼んだ方が馴染み深いかクモハ51と呼んだ方が馴染み深いか
で世代が分かれますね。(私は一応後者です)
モハ51形は1935年(昭和10年)に私鉄と激しい競争を繰り広げていた関西
地区の東海道・山陽緩行線用に投入された(当初は中央線にも使われたが)
初の3扉セミクロスシート車。
正面は当時流行の流線形が取り入れられ、半円形の弧を描いた優雅な
フロントマスクになっています。
この3扉セミクロスシートは以後、211系電車に至るまでいわゆる近郊型
電車の標準スタイルとなった、そういう意味でも歴史的価値の高い電車です。
また関西のファンにとっては戦前・戦後を通じて最も慣れ親しんだ電車の
ひとつでもあります。
中島忠夫さんよりお送りいただいた2枚の貴重な写真はいずれも高槻電車
区所属の
クモハ51 011
(下)と
012
(上)。クモハ51 011-043は、
1936年(昭和11年)製で最初から全室運転台式で製造されました。
尚、中島さんは摂津富田駅付近にて長年に亘る試6780列車の定点観測
を続けておられて、下の写真は1965年(昭和40年) 4月7日における定点
ショットです。(里見)
1965.4. 摂津富田駅付近 Photo by: Tadao Nakajima
(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)