国鉄キハ07形と鹿児島交通キハ100形

1957.8. 境港駅 Photo by: Tadao Nakajima
中島忠夫さん推薦
(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)
1933年(昭和8年)に初の本格的な気動車として登場したキハ41000形は
経営側にとっても人件費や車輌保守費用等の必要経費を削減でき、利用者
側にとっても蒸気機関車の煤煙から開放されるので、双方から大好評を
もって迎えられました。
そして次第に乗客数が増加し、その収容能力に不足が感じられるように
なってきたため、鉄道省ではキハ41000形より全長を3.5m伸ばして19,000mm
とすることで乗客定員を120名に増やしたキハ42000形を企画、1935年
(昭和10年)にデビューさせました。
エンジンはGMH17型と部品の互換性を確保しつつ8気筒にした定格出力
150PSのGMH17型を搭載、外観上の特色はなんといっても当時流行の
流線型車体を採用したことにあります。
キハ42000形は1937年(昭和12年)までの間に川崎車輌、日本車輌、新潟
鉄工と大宮工場にて計62輌が製造されましたが、特筆すべきはデビュー
直後の1935年(昭和10年)に東京−静岡間における高速試運転において
同車の2輌編成が108km/hをマークしたことで、後には古めかしいイメージ
をもって見られたキハ42000型の半円形の正面スタイルも、当時はスピード
を象徴する流線形であったわけです。
更にキハ42000形は戦後になってもDMH17型ディーゼルエンジンを搭載
したキハ42500形として1952年(昭和27年)に20輌が新製されており、車輌
不足のどさくさの時期とはいえ同車に対する信頼性の高さを物語っています。
同車は称号改正でキハ07形となった後も長く国鉄の閑散線区で活躍し続け
ましたが、地方私鉄にもその同形車が数多く見られました。
鹿児島交通では1952年(昭和27年)に動力近代化の目玉として国鉄キハ
42000形と同形車6輌を川崎車輌に発注、キハ100形4輌とキユニ100形
2輌として導入しました。
国鉄形と比較すると乗降扉下と裾がなく一直線のラインになっており、塗色も
オレンジにブルーのラインが鮮やかでした。払下げ車ではない自社発注の
新車でしたので手入れもよく、日本で最も美しい「キハ07形」であったと思い
ます。(里見)

1974.8. 加世田車庫 Photo by: J. Satomi

