



1914年(大正3年)から1929年(昭和4年)までの間に672輌が製造され、全国津々浦々で活躍した8620形蒸気機関車は、それぞれの用途に応じて各種改造が実施され、様々な変形機が存在した。ボックス式動輪をはいた神戸港の48667号機や煙室を延長された塩尻の68683号機、更にはランボード形状が左右非対称な若松の48675号機など枚挙にいとまがない。中島忠夫さんからお送りいただいた38666号機と68658号機はその中でも横綱級の変形機、いずれもキャブがC56タイプの近代的なものに載せ替えられている。恐らく事故車か廃車になった他形式機から流用したものだと思われる。上の38666号機は1921年(大正10年)製、8620形では珍しい川崎造船のカマで竜華機関区名物だったが、せっかくキャブを「近代化」したにもかかわらず、1962年(昭和37年)頃に早々と廃車になってしまった。湊町駅は関西本線の起点で、私の個人的な想い出としては、この駅からC57形が牽引する急行「大和」に乗って生まれて始めて東京への旅に出発した。「湊町」の名の由来はかつてここが材木船の船着き場だったことをあらわしており、実際に木の香りが漂う駅でしたが、今は「JR難波」という誠に意味のない駅名に変わってしまった。下の68658号機の場合は、テンダーが酒田の29639号機や一ノ関のD50 346号機と同じように炭庫部分が大きく切り欠かれており、少なくとも火室より後ろを見る限り、これが8620形だとは絶対に見えない。 |