29日:3軸ボギー車代表 国鉄マハ29形客車

1963.6.塩尻駅 Photo by: T.Satomi
戦前における優等客車、すなわち1等車、1・2等寝台車、食堂車、
展望車等は乗心地を考慮して3軸ボギー台車をはかせるのが
慣わしとなっていた。そのために自重が恐ろしく増大するのを
覚悟の上でである。戦後はいかなる優等車にも3軸ボギーを
はかせることはなくなり、国鉄側は2軸ボギー台車の性能向上
によりあえて3軸ボギーをはかせる必要がなくなったから、と
説明していたが、私は密かに戦後の民主平等思想を背景に
優等車と普通車の差別を極力なくそうという基本概念があった
のではないかと想像している。
ともあれ戦前に大量に作られた3軸ボギー優等車の大部分は
そのまま2等車に格下げられ、逆に言えば庶民も3軸ボギー
客車に乗れる機会が出来たわけであった。
このようにして雑多な旧3軸ボギー優等車の2等格下車を
ひとまとめにしたのがマハ29形である。
上のマハ29 65はスハ32系の食堂車であるスシ37 43が
太平洋戦争末期に3等車改造されてマハ47 203になり、更に
戦後マハ29 65となったもので、車体中央部はクロスシート、
両端の出入口付近はロングシートとなっている。
車体側面は食堂車時代の窓割のままだったので、3軸ボギー
ということで乗客にとって乗心地は良かったかもしれないが、
シートピッチと窓割とは全く合っていなかった。
の中の「鋼製旧型客車の系譜」を参考にさせて頂きました。

