5日:関西私鉄代表 阪急P-5系電車 

                                1958.11.下新庄駅 Photo by: T.Satomi

阪急千里山線は、1921年(大正10年)に北大阪電鉄として十三−豊津間が

開業、同年中に千里山まで路線延長したが、2年後の1923年(大正12年)

には新京阪鉄道に吸収された。

新京阪鉄道ではこの千里山線と嵐山線で使用する車輌として全長12.8m、

木造ダブルルーフの電動車デロ10形と付随車のフロ50形を1925年

(大正14年)から1929年(昭和4年)までの5年間に合計26輌を新製導入、

これらはP-5系と呼ばれた。

一方、新京阪鉄道は戦時中の統合令で阪神急行電鉄と合併して京阪神

急行電鉄になり、戦後の1954年(昭和24年)に京阪電鉄が分離した後も、

P-5系は千里山・嵐山両線に残り、呼称もそのままでずっと活躍を続けた。

上の写真でおわかりになるように車体幅が狭いため、乗降扉の足元には

大きなステップが設置されており、逆に軌間が標準軌ゆえに台車幅が車体

幅よりも広く、やたら台車が目立つ車輌だった。

阪急P-5系電車については将来、専用コーナーを設けて詳細にご紹介

したい。