4日:元レールカー代表 鹿児島交通エ4 

1974.8. 加世田駅 Photo by: J. Satomi

「音の飛び出す鉄道資料館」の青野靖之さんのご提案

  

 4日の欄が空白でしたが,南薩線の救援車エ4あたりはいかがなもん

 でしょう。

 まだ里見さんが撮影された頃は,硝子もはまっており,奇麗でしたんで

 すね。私が最後に訪れた,部分休止の3ヶ月前(1983.3.)の頃にもいち

 おう、ハコは残っておりましたが,半数近くの窓には既に硝子がなく、

 また全面に錆が浮いて、塗り分け線が辛うじて分る程度、と凄まじい

 外観でした。ただ,小さな車輛なんですが,なぜか存在感だけは感じ

 ました。

 ということで,私からは4日の欄を飾る車輛として,エ4を推挙ししたい

 と思います。

  

トレイン・シグニチャで有名な青野さんからのリクエストは鹿児島交通の

救援車として加世田駅構内に残置されていた救援車エ4。

昭和初期にはガソリンカーと呼ばれた気動車が、地方私鉄を中心に競って

導入されましたが、その中でも小型のものをレールカーと呼びました。

上の車輌は、日本車輌が1933年(昭和8年)に薩南中央鉄道に納入したキハ1

で、日本車輌製レールカーの標準タイプ車。

薩南中央鉄道は10年後の1943年(昭和18年)に南薩鉄道(後の鹿児島交通)

に吸収され、同車はディーゼルエンジンを搭載してキハ4になり、営業用車

として引退した後も救援車エ4となってその歴史的価値のある車体を残して

いました。

下はエ4のすぐ近くに放置されていたスハフ100の廃車体。

これも明治後期の木製客車の姿を伝える貴重な車体でした、すでに朽ち果

てており、木製ゆえにやがてまた自然に帰っていったのでしょう。

1974.8. 加世田駅 Photo by: J. Satomi