


気動車全盛時代の1970年代において、乗客の立場から最も嫌われていたのはキハ10系とキハ35系だっただろう。後者の場合は単純に座席がロングシート(一部トイレ横を除く)だということ。前者はクロスシートだが座席は極めて質素で背もたれが低く、シートピッチも狭かった。何よりも車体断面が小さいため室内は狭苦しく、台車は揺れが激しくて騒音防止措置も不完全だった。すなわち乗り心地という点では何から何まで不満な気動車だったわけで、実は私個人の体験においても、編成中に他系列の例えばキハ20系やキハ45系が併結されている場合は迷わずそちらを選んで乗ったりしていたので、キハ10系は頻繁に目にしたり写真を撮ったりした割には実際に乗った想い出はあまりないのである。しかしである。「悪い」というのはあくまでその後に登場する後継気動車と比較しての話であって、1953年(昭和28年)にキハ45000系としてデビューした当時は、従来の蒸機列車と較べて列車のスピードアップ、無煙化、運転経費の節減という3つの長所を併せ持つ夢の旅客車輌ということで、全国の非電化路線で引っ張りだことなり、挙げ句の果てはその配置計画に政治家まで介入する事態となるに至り、国鉄ではその配置計画はもちろん現時点での配置状況まで極秘扱いにしていた時代もあったことを付記しておかなければなるまい。写真は共に気動車王国と呼ばれた筑豊地区と新潟地区のキハ10系。上は1957年(昭和32年)帝国車輌製のキハ10 68で、キハ10形は両運転台式のトイレ無し(トイレ付はキハ11)、下は1954年(昭和29年)新潟鉄工所製のキハ17 143で、キハ17形は片運転台式のトイレ付(トイレ無はキハ16)ちなみに製造輌数はキハ10が70輌、11が74輌、16が99輌、17が402輌なので、おおよそ1:1:1:6となる。模型編成を検討される方のご参考までに。 |