1977.8. 青森駅 Photo by: Junichi Satomi

1939年(昭和14年)、欧州ではイギリス・フランスがドイツに宣戦を布告して

第2次世界大戦が勃発、極東ではノモンハン事件で日本軍がソ連軍に大敗

北を喫した年。世の中が暗くなると人々は日常により強く明るさを求める

ようになる。

客車の世界では1938年(昭和13年)に製造されたスロ30960形(後のオロ

36形)に広窓が採用されたのを皮切りに、翌1939年(昭和14年)には3等車で

あるスハ33650形(後のオハ35形)にも取り入れられた。窓幅は従来の

600mmから1,000mmに拡がり、車窓の眺めも一挙に2倍近くに良くなった

わけである。

オハ35形は1950年(昭和25年)迄の12年間に1,308輌が製造されたため、

調べ始めるとそれだけで本になってしまうほどのバラエティがある。細部に

亘る小改造も含めれば1輌1輌全て異なっているといっても過言ではない。

写真は青森駅にて都合良く隣り合わせで逆向きに連結された戦前形丸屋

根のオハ35形。青15号に塗られた1941年(昭和16年)日本車輌製オハ35

2425とぶどう2号の1946年(昭和21年)新潟鉄工所製オハ35 2692、いず

れも秋田運転区の所属車である。

できるだけ原形に近い車を、と思って2輌を選んだつもりだったが、ふと足下

を見ると2425はコロ軸受として試作されたTR23H型台車を、2692の方

はコロ軸受量産タイプのTR34型をはいていた。


以前の大画像

●NO.1:DD20 2号機 ●NO.2:D51 265号機 ●NO.3:紀州鉄道キハ40801 

●NO.4:C55 19号機 ●NO.5:新京阪デイ100 ●NO.6:ED75 501号機 

●NO.7:29608号機 ●NO.8:スハ32 286 ●NO.9:D52 355号機 

●NO.10:C58 316号機 ●NO.11:食堂車ナシ20 ●NO.12:京浜急行クハ156 

●NO.13:D51 362号機 ●NO.14:ED30 1号機 ●NO.15:北見機関区転車台 

●NO.16:弘南鉄道モハ2026 ●NO.17:東武鉄道モハ3210 ●NO.18:クモハ73 024 

●NO.19:D51 727号機 ●NO.20:スハネ30 50 ●NO.21:山陽電鉄200形 

●NO.22:京阪京津線20形 ●NO.23:C11 41号機 ●NO.24:西武鉄道クハ1311 

●NO.25:C58 33号機 ●NO.26:南海電鉄モハ2001系 ●NO.27:同和小坂鉄道DC1形 

●NO.28:C55 46号機 ●NO.29:C55 52号機 ●NO.30:京王帝都デハ1402 

●NO.31:近鉄モト2721+2722 ●NO.32:交直両用電車クハ401 

●NO.33:名古屋鉄道ク2132 ●NO.34:京阪電鉄1820 ●NO.35:横浜市電1001 

●NO.36:大阪地下鉄6000形 ●NO.37:ワフ21000形 ●NO.38:銀座4丁目交差点 

●NO.39:阪急電鉄672 ●NO.40:西鉄福岡市内線102 ●NO.41:名鉄モ301 

●NO.42:D61 4号機 ●NO.43:マハ29 73 ●NO.44:モハ70 121 

●NO.45:東武鉄道クハ360 ●NO.46:クモル23 050 ●NO.47:名鉄モ524 

●NO.48:モハ31 003 ●NO.49:クモハ12 001 ●NO.50:大井川鉄道クハ502

●NO.51:名鉄デニ2001 ●NO.52:阪急デト4001 ●NO.53:遠州鉄道モハ3 

●NO.54:南海電鉄デワ2001 ●NO.55:39635号機 ●NO.56:ED17 1号機 

●NO.57:京王帝都サハ2531 ●NO.58:クハ25 107 ●NO.59:トラ90000形 

●NO.60:クエ9421 ●NO.61:南海20001系 ●NO.62:C51 176号機 

●NO.63:京浜急行デハ230形 ●NO.64:クハ47とサハ48 ●NO.65:京阪電鉄1104

●NO.66:近鉄ク6509 ●NO.67:阪急1500 ●NO.68:D51とDF50 

●NO.69:ED75 791号機 ●NO.70:西武451系 ●NO.71:ホキ4916 

●NO.72:C57 87号機 ●NO.73:上田丸子電鉄モハ3122・サハ41