

SLブームの初期において北海道の蒸気機関車は、本州や九州のそれに較べてファンからは一段低く見られていたような気がしてならない。1971年(昭和46年) 3月の時点で北海道には435輌もの蒸機が健在でまだそれほど稀少価値とは感じられなかったことが大きいが、更に雪害防止のための切り詰めデフや回転火粉止め、旋回窓、シールドビーム副燈といったこてこての北海道重装備が形態美重視の口喧しいファンから敬遠されたことも一因であろう。もちろんC62 2号機のように北海道でスターの座にのし上がり、北海道蒸機の知名度向上に貢献したカマもあるにはあったが、逆に9600形の場合は2つ目玉の79618号機を除いてはほとんど特定ナンバー機が世に知られることはなかったのである。1919年(大正8年)川崎造船所製の39635号機も無冠・無名の北海道キューロクの1輌。戦後は遠軽機関区に所属していた時期が長く、後に隣の北見機関区に転じた。 |