1963.9. 福知山機関区 Photo by: T. Satomi

蒸気機関車は手の掛かる息子である。

蒸気機関車が滅び去った原因として、煙の問題であるとか、エネルギー転換

効率であるとか、そういった問題点がすぐに思い浮かんでくるが、実は最大の

欠点は手が掛かりすぎることである。

蒸気機関車が機関区に帰ると、多数の乗務員や整備員が総がかりで不具合

個所を調べたり、潤滑油を差したり、灰を掻き出したり大変な作業量となる。

福知山機関区に憩うD51 727号機の情景を見れば、まるで従者にお世話を

させる王様のごとくである。

相対的に車輌製造コストが高く、人件費が安かった時代は王様として君臨

していられたが、次第に人件費が高くなってくるとそうはいかなくなってくる。

手の掛かる息子は見捨てられる運命にあった。


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●NO.1:DD20 2号機

●NO.2:D51 265号機

●NO.3:紀州鉄道キハ40801

●NO.4:C55 19号機

●NO.5:新京阪デイ100

●NO.6:ED75 501号機

●NO.7:29608号機

●NO.8:スハ32 286

●NO.9:D52 355号機

●NO.10:C58 316号機

●NO.11:食堂車ナシ20

●NO.12:京浜急行クハ156

●NO.13:D51 362号機

●NO.14:ED30 1号機

●NO.15:北見機関区転車台

●NO.16:弘南鉄道モハ2026

●NO.17:東武鉄道モハ3210

●NO.18:クモハ73 024