

1974.1.浜田駅 Photo by: J. Satomi
昭和40年代までの特急列車には昼行・夜行にかかわらず、必ずと言っていい
くらい食堂車が連結されていた。それも運行時間帯が昼食時や夕食時に
かかる列車はもちろん、ほとんど食事時間帯と関係ないと思われる時間帯を
走る特急列車までも連結・営業していた。
理由は、今から考えると信じられないようなことだが、「特別急行列車」という
限り「必ず食堂車が連結されていなければならない」という固定観念のような
ものが、国鉄側にも利用客側にもあったからなのだ。それくらい国鉄の特急は
「威厳」がある存在だったのである。
その中でも20系寝台特急の持つ威厳はまた格別のものがあり、その食堂車
ナシ20形はもちろん鉄道ファンだけでなく一般乗客からも憧れの的だった。
考えてみれば20系寝台車なんて窮屈な3段式寝台だったし、食堂車だって
安物のテーブルが並んだだけの大衆食堂並のインテリアにすぎなかったの
だが、それでも人々は憧れた。
時代が違うと言ってしまえばそれまでだが、私はそれだけではないと思う。
人々が憧れたのは、20系寝台特急とその食堂車だけが持つ「威厳」と「風格」
だったのではあるまいか。
今は「北斗星」をはじめ、設備の面だけ見れば20系寝台特急の数倍ゴージャス
になっているのだが、いまひとつピンとこないと思っているのは私だけであろうか。
今の優等列車や豪華列車に決定的に欠けているもの、それは「威厳」と「風格」
なのかもしれない。
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